2023年春、静かにデビューした一つのモデルがありました。それから約3年が経った今、そのモデルは100万トークンのコンテキストを扱い、コンピューターを直接操作し、自分の思考過程を見せるモデルへと変わっています。その間にどのような決定があったのか、その記録です。
3年はそれほど長い時間ではありません。一人が大学を中退してまた戻ってくるまでの時間であり、一つの街の風景がゆっくり変わっていく時間であり、一つの会社が最初に交わした約束を試されはじめる時間でもあります。ところがAIモデルの世界では、3年は違うように流れます。同じ会社が同じ名前で出したモデルであっても、その始まりと終わりのあいだには、ほとんど別の次元の能力が横たわっています。Claudeという名前が初めて世に出た2023年春と、この文章を書いている2026年春のあいだが、まさにそうなのです。
この文章は、その3年のあいだにClaudeというモデルがどう変わってきたかを辿ってみるためのものです。単にバージョン番号の変化を並べようというわけではありません。一段階ごとにAnthropicという会社がどのような決定を下し、その決定がどのような結果を生み、それが利用者の日常と産業の地形にどんな痕跡を残したのかを、一緒に追いかけてみたいと思います。1.0から2、3、3.5、3.7を経て、4と4.5、そして現在の4.7まで。数字だけ見れば単に上っていく階段のように見えますが、その合間ごとに目を凝らして覗き込んでみると、なかなか違った風景が広がっています。
まず一つ、書き添えておきたいことがあります。3年の間に変わらなかったものがあります。会社が最初に立てた問い、「この技術は本当に人間に役立つ方向で作ることができるのか」という問いです。新しいバージョンのすべてが、この問いをもう一度尋ねる過程だったと言っても、それほど外れではありません。能力が大きくなるほど、その問いは軽くなるどころか、重くなりました。その重さの変化も一緒に追っていこうと思います。
2023年3月14日のことでした。Anthropicが初めて自社モデルの名前を世に明かした日です。名前はClaude。情報理論の先駆者Claude Shannonから取った、と会社は説明しました。同じ日に二つのバージョンが一緒に発表されました。本格的な作業を扱うClaudeと、もっと速くて軽いClaude Instant。最初から二つのトラックで始まったわけです。
雰囲気は落ち着いていました。4ヶ月前の2022年11月、OpenAIのChatGPTが世界を一度揺らして通り過ぎたばかりの頃でした。人々の関心は依然としてそちらに集まっていました。Claudeのデビューは、騒々しい発表会も派手なデモもないままに進みました。舞台の上で照明を浴びている兄がいて、舞台の脇で静かに自分の仕事の準備をしている弟がいる、そういう光景でした。Anthropicは最初から、一般向けのインターフェースの代わりに、APIとパートナーシップを通じてモデルを世に送り出す道を選びました。
初期のパートナーの顔ぶれは興味深いものでした。Quoraの対話型サービスPoe、ライティング協業ツールのNotion AI、検索補助ツールのDuckAssist、ノート作成補助ツールのJasper。そして最も印象的だった統合の一つがSlackでした。社内のメッセージチャネルの中からClaudeを直接呼び出せるツールが用意されました。一般の利用者がClaudeの存在に初めて気づいた通り道の一つが、まさにSlackのbotでした。
技術的に見ると、Claude 1.0のコンテキストウィンドウは約9,000トークン規模でした。今の基準で見れば小さく見えますが、当時としては一般のチャットボットとは違う領域の作業を可能にしてくれました。長く連なる会議録を要約したり、数百行のコードファイルを一度に検討したりすることができたのです。そしてさらに大事な点がありました。このモデルには Constitutional AI と呼ばれる、モデルが自分の答えを自分で評価して修正する学習手続きが、初めて本格的に適用されていたという事実です。人のフィードバックだけでモデルを整える方式の限界を越えてみようとする試みでした。
ただ正直に言えば、Claude 1.0の実力はGPT-4の影の下にありました。2023年3月14日はあいにくOpenAIがGPT-4を発表したまさにその日でもあったのです。同じ日に二つのモデルが公開され、二つのモデルはすぐに比較対象になりました。一般のベンチマークでClaude 1.0はGPT-4に及びませんでした。だからといってClaudeの登場の意味が小さかったわけではありません。小さくても新しい選択肢が市場に入ってきたという事実、そしてその選択肢の名前に「安全なAI研究機関」というアイデンティティが明確に貼り付けられていたという事実、それ自体が産業の風景に一行の新しい座標を引き入れていました。
約4ヶ月後の2023年7月11日、AnthropicはClaude 2を発表しました。外形的には単純なバージョンアップでしたが、実際には次元の違う飛躍でした。核心は二つです。一つ、コンテキストウィンドウが9Kから 100,000トークン に広がりました。二つ、claude.aiという名前のWebインターフェースが一般利用者に向けて初めて開かれました。米国と英国の在住者を対象にした限定リリースでしたが、ともかく舞台の正面が初めて点いた瞬間でした。
100Kという数字が意味するところを少し書き添えておきます。平均的な英文の小説一冊が、おおよそ75,000から100,000語前後です。トークン換算では、たいてい1語が1.3から1.5トークンほどになります。つまり100Kトークンとは、だいたい本一冊が丸ごと入る量です。以前の9Kトークン時代には、長いPDFをチャットボットに検討してもらうには、人が自分で細切れにする必要がありました。100Kの時代には、一度に投げ込んで質問すれば済むようになりました。弁護士が200ページの契約書を丸ごと検討させ、研究者が一本の学術論文を丸ごと要約させ、開発者が大きなコードファイルをいくつかまとめて分析させる、そういう作業が可能になったのです。
コーディングと数学でもジャンプがありました。米国の司法試験(US Bar Exam)で上位90パーセンタイルに入り、GRE作文セクションでも上位圏に入りました。HumanEvalというコーディングベンチマークでは71%を記録しました。Claude 1の56%から大きく上がった数値です。モデルが単に長い文章を扱うようになったというだけでなく、ある領域で本格的に役に立つ道具として腰を据えはじめたという信号でした。
そして4ヶ月後の11月21日には、Claude 2.1が発表されました。コンテキストウィンドウはまた二倍になりました。200,000トークン。 約500ページに当たる量です。この時期にもっと重要だった変化は、ハルシネーション(hallucination)の比率が半分近くまで下がったという点でした。モデルが知らないことを知らないと言う頻度が増えた、という意味です。同時にツール呼び出し(tool use)がベータで公開されました。モデルが外部APIを直接呼び出したり、データベースに問い合わせたり、利用者の関数を実行したりできるようになった最初の一歩でした。1年後に本格化することになるagentic AIの種が、この時点で蒔かれたと見ても、そう外れてはいないはずです。
2024年3月4日のことでした。Anthropicは一度に三つのモデルを公開しました。名前はHaiku、Sonnet、Opus。日本の短い定型詩、シェイクスピア時代の14行詩、そして作曲家たちが生涯をかけて作る大作。三つの単語が一つの場に並ぶと、それ自体が一行の詩のように読めました。この命名は単なる気取りではなく、明確なメッセージでした。同じ家族の中に、それぞれ違う呼吸のモデルがいて、利用者は自分の用途に合わせてそのうちの一つを選べばよい、というメッセージだったのです。
最も軽量なHaikuは速く、安いものでした。チャットの応答、簡単な分類、素早い検索のような仕事に向いていました。真ん中のSonnetは、日常作業の大部分を引き受ける席を任されました。最も重いOpusは、深い分析、複雑な推論、長文の作成のような仕事のための席でした。Anthropicがこの3階級の体系を一度に取り出してきた、という点が重要でした。それまでAIモデルの市場は「最高のモデル一つ」をめぐって競い合う空気でした。 Claude 3はその構造をわずかに捻り直しました。一つの場に同じ家族の三人が一緒に登場することで、利用者が価格と速度と能力を天秤にかけながら選ぶ時代を本格的に開いたわけです。
技術的な変化も大きいものでした。三つとも 画像入力に対応するマルチモーダルモデル でした。写真を見せればその中の物体を識別し、チャートを見せればその中の数値を読み取り、手書きで書かれたメモを見せればその内容を整理してくれる作業が可能になりました。テキスト入力一行で動いていたモデルが、初めて「見る」という感覚を加えた格好です。
ベンチマークでも市場の注目を集めました。OpusはMMLU、GPQA、HumanEvalのような主要指標で、当時のGPT-4 Turboを一定水準で上回る結果を示しました。この時点で 初めてClaudeがGPTラインを上回るモデルとして認められはじめました。 市場の位置がわずかに揺れる瞬間でした。もはや「OpenAIの次の何か」ではなく、同じ舞台に立って直接競う会社へと移っていく段階だったわけです。
2024年6月20日。 この日Anthropicが公開した、モデル一行が市場の慣性を軽く揺らしました。Claude 3.5 Sonnet。名前が告げる通り、このモデルはClaude 3ファミリーの真ん中にいたSonnetの後継でした。ところが性能を覗いてみると、不思議なことが起きていました。同じファミリーで最も重い席にいたOpusを、真ん中の席のSonnetが上回りはじめていたのです。大きく重いモデルが自動的に強いわけではない、という事実がデータで証明される瞬間でした。
具体的な数字を挙げると、HumanEvalで92%を記録しました。人間水準のコーディング補助にほぼ届いた数値です。MMLUとGPQAでも直前のOpusを上回りました。それでいてSonnetの推論コストはOpusの1/5水準で、応答速度は約2倍でした。価格が安く、速度が速く、答えがより良い。利用者の立場では、わざわざより高いモデルを選ぶ理由が消えていく場面だったわけです。
ただ、この発表でより大きな衝撃は、モデルそのものよりも一緒に公開された一つのインターフェースの方にありました。Artifacts という名前のサイドパネルです。チャット画面でコードを依頼すると、コードがその場で表示されるだけでなく、画面右側に別のキャンバスとなって広がりました。そのキャンバスの中でコードは実行され、結果はリアルタイムで見えました。ドキュメントを依頼すれば、整えられたドキュメントが同じ場所に広がり、その場ですぐに編集も可能でした。チャートを依頼すれば、インタラクティブなチャートが同じパネルに浮かびました。
Artifactsがもたらした変化は、単純なUIの改善ではありませんでした。それは「会話の成果物」の扱い方そのものの転換でした。 以前はモデルが作り出したコードやドキュメントを、利用者がいちいちコピーして他のツールに移す必要がありました。Artifacts以後は、その成果物が同じ画面の中で生きた形で扱えるようになりました。人がモデルと一緒に何かを「作る」作業の流れが、初めて一つの空間の中に圧縮されたわけです。その後、他の会社も似たようなサイドパネルを順々に導入していきました。ある流れの起点でした。
2024年10月22日のことでした。この日の発表はモデル自体のアップグレードよりも、そのモデルが何をできるようになったかに、より大きな重みが乗っていました。Claude 3.5 Sonnetの新しいバージョン(よく「new」または「10月バージョン」と呼ばれる)とともに、Claude 3.5 Haikuが公開されました。そしてその隣に、Computer Use という名前の新機能がベータとして一緒に公開されたのです。
Computer Useの動作方式は次の通りです。利用者があることを命じると、モデルはその仕事を実行するためにコンピューター画面を直接見ます。正確には画面のスクリーンショットを受け取るのです。そのスクリーンショットを分析した後、マウスをどこに動かすか、どこをクリックするか、どのキーを押すかを決めます。その決定をOSに渡します。結果として変わった画面をまたスクリーンショットで受け取り、次の行動を決めます。この過程を、利用者の目標が達成されるまで繰り返します。
この説明は単純に見えますが、意味はずしりと重いものでした。それまでAIモデルは、テキスト入力とテキスト出力の世界に閉じ込められていました。 Computer Useはその世界の境界の片側を開け放ちました。モデルが人の作った道具たち、つまりWebブラウザ、表計算ソフト、メールクライアント、チャットアプリを、その道具が人のために作られた姿そのままに使えるようになったのです。新しいAPIを作る必要もなく、新しいインターフェースをモデル用に別途設計する必要もありません。人が見ていた画面を、モデルも見るわけです。
コーディングベンチマークの方の変化も大きいものでした。SWE-bench Verifiedという指標で、新しい3.5 Sonnetは49%を記録しました。このベンチマークは、実際のオープンソースプロジェクトのGitHub IssueをモデルがGまさに解決する能力を測ります。これまでのSOTAが22%水準であったことを考えれば、約2倍のジャンプ でした。同じ時期にHaiku 3.5も一緒に公開され、最も軽いラインナップが刷新されました。
もちろんComputer Useはベータで、ミスも多いものでした。間違ったボタンを押したり、意図と違うフォームに文字を入力したり、画面の中に広告が出てくるとそれに巻き込まれたりもしました。Anthropic自身もこの機能を「まだ信頼性が十分でない実験的機能」と明記していました。しかしこのベータが見せた方向は、はっきりしていました。これからのAIは、もはやチャット画面の中だけにとどまらないだろう、という方向です。その後1年のあいだに「エージェント(agent)」という言葉が産業の中心キーワードになっていった背景には、この発表が一席を占めています。
2025年2月24日。 この日の発表は「バージョン番号一つを0.2だけ上げた」発表でしたが、実質的にはモデルの動作方式の一つを新しく定義した発表でした。Claude 3.7 Sonnet。そしてそれに伴ってきた言葉が Extended Thinking でした。
Extended Thinkingが何かを書き添えるなら、こうなります。利用者がモデルに難しい問いを投げかけたとき、モデルはすぐに答えを出すのではなく、まず自分の思考過程をトークンの形で広げてみます。難しい問題に出会ったときにメモ用紙を取り出し、式を書きながら解いていく人間に似たやり方です。その思考過程は利用者にも見えます。モデルがどんな仮説を立て、どんな場合を検討し、どの部分でつまずいてからまた道を見つけ直しているかが、そのまま露わになります。そしてその思考過程を経た後で、最終的な答えを出すのです。
同じモデルが二つのモードを持つ、という点が核心でした。素早い応答が必要なときは、思考過程なしにすぐに答えを出し、深い思考が必要なときは、時間とトークンを使って段階を追って解いていくモードを点ける。 利用者がモードを自分で選べるのです。この構造そのものが新しいものでした。以前は「推論力が強いモデル」と「応答の速いモデル」が、それぞれ違う席にいました。Claude 3.7からは、一つのモデルの中に二つの呼吸が一緒に住むようになったわけです。
ベンチマークでの変化も大きいものでした。SWE-bench Verifiedで70.3%を記録しました。Computer Use発表時の49%から、約20ポイントさらに上がった数値です。数学オリンピック水準の問題、博士級の科学問題、複雑なコードベースのリファクタリングのような難しい作業で、Extended Thinkingを点けたClaude 3.7は、前世代と比較するのが難しい水準のジャンプを見せました。
そして同じ発表に一緒に括られて公開されたツールが一つありました。Claude Code。 最初はベータの形でした。ターミナルからすぐにClaudeを呼び出して、コード作成、デバッグ、ファイル編集、コマンド実行を統合的に扱える、コマンドラインのツールです。開発者がIDEの中からClaudeを呼ぶのではなく、Claudeが開発者の作業環境そのものの中に入って住むような姿でした。このツールが本格的に産業の標準的な作業方式として腰を据えるまでには、もう約1年がかかることになります。その始まりが2025年2月でした。
2025年5月22日。 Anthropicは一度に二つの新しい名前を取り出してきました。Claude Sonnet 4 と Claude Opus 4。バージョン番号は一気に0.7を飛び越えて4に上がりました。命名の体系も整理されました。それまでは「Claude 3.5 Sonnet」のように家族の名前が前に付いてモデルの階級が後ろに付く構造でしたが、今回からは「Claude Sonnet 4」のように階級が前に来て世代番号が後ろに付くやり方に変わったのです。小さな変化のように見えますが、この会社が今やモデルファミリーの運営方式をもう一段階体系化している、という信号でもありました。
Opus 4は、その時点のコーディングベンチマークで最も強いモデルでした。SWE-bench Verifiedで72.5%を記録しました。ただ、今回の世代の本当の変化は、単一のベンチマーク数字よりも、モデルが道具を扱う方式の統合 にありました。Extended Thinkingはもはや別個のモードではなく、モデルの中に標準で組み込まれている機能になりました。ツール呼び出しは並列で処理できるようになりました。モデルが一度の思考の中で複数のツールを同時に呼び出し、その結果を受け取って、また次の行動を決めていく流れが自然になったのです。
同じ発表でClaude Codeが正式リリースされました。1年前にベータでちらりと姿を見せたあのツールが、今や本格的なプロダクトの席に着いたのです。Claude Codeにはhooksという名前の自動化エントリーポイントが入りました。特定のタイミングでモデルがある行動を自動的に取るように設定できる構造でした。plan modeという名前の作業段階も一緒に導入されました。モデルが実際の変更を加える前に、まず作業の計画を利用者に見せて確認を取る手続きでした。モデルがますます多くの自律性を持つようになると同時に、利用者がその自律性の境界を自分で引けるための道具も一緒に育っていきました。
もう一つ書き添えておくべき変化がありました。MCP(Model Context Protocol)という新しい標準が本格的に居場所を見つけはじめたのも、この時期でした。モデルが外部の道具やデータにアクセスする方式を標準化しようという試みでした。各会社が各々のやり方でツール接続を作っていく代わりに、皆が共有する共通のインターフェースに従おう、という提案だったのです。Anthropicがこの標準のドラフトを公開してから約半年で、他の主要モデル提供者たちがこの標準を順々に採用しはじめました。
4ヶ月後の9月29日、Claude Sonnet 4.5 が発表されました。今回もまた、真ん中の席のSonnetが同じ世代のOpusを上回るという光景が、もう一度繰り広げられました。SWE-bench Verified 77.2%、そして単一の作業を自律的に約30時間まで続けられるという資料が一緒に公開されました。Claude Codeも2.0に上がりました。その次の席にOpus 4.5がまた入り、一つの世代の中で何度もの小さなジャンプが続いていく時期が始まりました。
そして今 です。この文章を書いている2026年春の時点で、Anthropicの最も重いモデルは Claude Opus 4.7 です。4.5から4.6、また4.7へと続いた流れは、一度の大きなジャンプというよりは、短い呼吸で何度も整え直された流れに近いものでした。一つの世代の中でモデルの性格が少しずつ整えられ、利用者の実際の作業の流れの中で見つかった弱点が、順々に埋められていく時期だったのです。
最も目立つ変化は コンテキストウィンドウの拡張 です。100万トークン。Claude 1.0の9Kから始まって、約3年で約110倍に増えました。1Mトークンがどんな量かというと、中規模会社の全コードベースを一度に入力しても余裕がある量であり、分厚い学術書を何冊か一席に広げておける量であり、ある会社の四半期ぶんの会議録を丸ごと放り込める量です。モデルが扱う作業の単位が、「一行の問い」や「一ページのドキュメント」から「一つの会社の一四半期」へと移ってきたわけです。
モデルが道具を扱う方式も、より精緻になりました。一つの作業の中で、モデルは複数の道具を並列に呼び出し、自分の思考過程を広げ、途中の結果をまた別の道具の入力に渡し、必要であれば利用者に判断を尋ねます。この流れ全体が一度の会話の中で自然に起こります。利用者の立場では一つのモデルを呼んだだけのように見えますが、その中では複数の段階の作業が同時に進行しているわけです。
産業の風景も変わりました。3年前、小さな非営利の研究所から始まった会社は、今や米国と欧州の多くの企業が自社システムに統合して置く標準ツールの一つになっています。医療分野では診断補助に、法律分野では契約書のレビューに、金融分野ではリサーチ作業に、コンテンツ分野では編集と翻訳に使われています。最も際立っている領域は、やはりソフトウェア開発です。Claude Codeは、多くの開発組織の日常的な作業の流れの中に深く入り込んでいます。
そしてもう一つ。最初から強調されてきた「安全なAI」というミッションが、もはやマーケティングの修辞ではなく、実際の運営の骨格になっています。会社はメジャーなモデル発表ごとに、「Responsible Scaling Policy」という独自の規約に照らした評価結果も一緒に公開します。リスクの水準が一定の段階を越えれば、リリースを遅らせたり機能を制限したりします。外部の評価機関との事前レビューの手続きが組み込まれています。これらの手続きは最初は会社内の約束でしたが、今や産業の一定の標準に近い位置へと移ってきています。
3年の記録を一つの 場に集めて並べてみると、いくつかのことがはっきりと浮かび上がってきます。コンテキストウィンドウは9Kから1Mへ、約110倍に大きくなりました。モデルの能力は、単一のテキスト対話から、マルチモーダル理解、画面操作、ツール使用、思考過程の露出、自律的な長時間作業へと、順々に領域を広げてきました。命名の体系は整えられ、家族の中の席は整理されました。価格は一世代ごとに、同じ性能の基準で素早く下がっていきました。これらの変化は数字と発表で、はっきりと確認できます。
しかしこの文章を締めくくるにあたり、あえてもっと書き添えておきたいのは、別の側のことです。3年のあいだに何が 変わらなかったか についての話です。Anthropicが会社を始める際に掲げた最初の問い、すなわち、この技術は本当に人間に役立つ方向で作ることができるのか、そしてそれがもし間違った方向に流れていったとき、それを前もって気づく方法は何なのか、という問いは、一段階ごとに繰り返されてきました。コンテキストが大きくなるほどその問いはより重くなり、自律性が大きくなるほどその問いはより切実なものになりました。
3年前、小さな会社で始まった一行の問いが、今や一つの産業全体の作業方式を変えていきつつあります。次の3年がどんな形で流れていくかは、誰にも正確にはわかりません。ただ一つは明らかに見えます。次の段階で決定的な差を生み出すものは、より大きなモデルやより長いコンテキストではなく、そのモデルをどんな責任の構造の中で運営していくかについての合意でしょう。 その合意を作り上げていく場に、Anthropicがどんな形で立っているかが、このシリーズの次の回でもっと詳しく扱われるテーマです。
このシリーズの次の回では、この道の上で出会った最大の同行者であり、最大の競合相手でもあったOpenAIを扱う予定です。二つの会社がどこで分かれ、何が同じであり、今どこに立っているのかを、一緒に見ていくつもりです。